みなさんこんにちは、港湾営業部の河野です。
前回ちょっとだけ「カワノじゃないよ!コウノだよ!」と冒頭に書きましたが、
今回、これが歴史のお勉強(もはや雑知識)のキーワードになりますので、最後までお付き合いください。
先日も、香川県に調査、岡山県と愛媛県に営業に行ってまいりました。
まずは、施工が完了した岡山県備前市にございます日生町
美味しい牡蠣が有名とのことで、時期になりましたらまた訪れたいですが、ご覧ください!

このような配置でしたが、、、

わお!!!驚くほど綺麗、、、
施工に携わって下さいました関係者のみなさま、心より感謝申し上げます。そして、酷暑の中の施工、誠にお疲れ様でした。
また、愛媛県では販売代理店・株式会社ゴウダ様のご協力を賜り、営業に出向くことができました。
愛媛県・今治市でパシャリ

ラーメンと焼豚玉子飯

玉子の下には甘いタレで味付けされた焼豚が、、、
簡単な料理に見えるかもしれませんが、このタレは人生で食べたことのない、
ただ甘いだけじゃなく、あれ?コクがある?、玉子と混ぜて食べるとあれ?また味が変わる??
美味しいんです。ですが、何と表現して良いかわからない美味しさです。
これは、本当に!今治市に「旅行してでも食べていただきたい!」(←ミシュ〇ン3つ星の定義です)
続いて、松山市にも営業に出向きました。
(祖父曰く)「ご先祖様は代々松山市の湯築城を拠点としていたが、時は南北朝時代ー、河野氏の一族が戦に破れ、流浪の末に築いた村といわれる河野村である。河野村は海に面して、遠く離れた故郷を思い出し、根付いたのだろう。そこからまたちょっとだけ北上したのが我が祖先である。」
本当でしょうか。(笑) そこで皆さま、ここまで「河野」をどうお読みなっていますか?実は、
松山の宗家を出て東に渡った一族は「コウノ」 、豊臣秀吉公の「四国征伐」にて降伏し、そのまま四国に留まった一族や九州・宮崎県に渡った一族は「カワノ」なのだそうです。(恐らく諸説あり。)

画像:河野通有公は、元寇の際、後ろに退けない場所に陣を取り、博多の石築地(元寇防塁)のさらに海側にある砂浜に戦船を置いて、海上で元軍を迎え撃つべく陣を張り、石塁は陣の背後とした。この不退転の意気込みは「河野の後築地(うしろついじ)」と呼ばれ、島津氏をはじめとする九州諸将も通有に一目置いたのだそうです。
ご先祖様が不退転の決意で戦った土地の近くで勤務し、私は水軍ではありませんが、海や港湾に携わる仕事を新卒のころから就いています。
これをご縁と申しましょうか。
愛媛県はこれでもか!というくらい蜜柑🍊を全力で推し!

東予港のコラムストッパーもみきゃん色!!
愛媛県、今治の焼豚玉子飯、松山の道後温泉も歴史を感じる温泉街です。皆様、ご旅行先には良いですよ。ぜひ、訪れてみてください。
次回!宮古島でのスラッシュカット工事をお伝えします!乞うご期待!
※ 恐らく疑いが強まっているかと思われますが、河野はちゃんと仕事しています。